【移住者インタビュー⑧】「もっと早く、もっと鋭く」を追及し続ける包丁職人

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1995年岩手県盛岡市生まれ。岩手県内の大学を卒業後、藤次郎へ就職。


藤次郎に就職した理由

もともと趣味で包丁を作っていたことが今に繋がっていると思います。始まりは高校1年の頃、木工などで自分が使う用のナイフが欲しいと思い、買うよりも自分で作る方が安いだろうという理由から手作りでの制作を始めました。さらにその頃、近所の物産展で出会った包丁研ぎの職人の方と話が弾み、仲良くなりました。大学では管理栄養士の勉強をしていたのですが、数字を追い続けることよりも包丁を作っている方が自分に合っていると思い、これを仕事にできないかと考えた末に辿り着いたのが今いる会社でした。


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ー今の仕事

今まで全て自分の手で作っていたものが機械を使ってできるようになりました。簡単により綺麗に出来上がるので、やっていてとても面白いです。ただ、今までは自己満足で終わらせていた部分が、仕事として売るものにしなければいけないので、そこは難しいところですね。包丁づくりは「もっと早く、もっと鋭く」と考えていくと終わりがないので、自分にはこの仕事が向いていると思っています。

先輩は「これはこれ」と押しつけるのではなく、自分が提案したことを一緒に調べてくれてその提案が良ければ認めてくれるので、それが働くことのモチベーションになっていますね。


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ー燕市での生活

今は車を持っていないので、バスや電車の本数が少ないのは不便ですね。新潟の冬は暖かいです。盛岡はマイナス10度以下になることもあるので、5度もあるのに「寒い」と言っている人がいて不思議に思いました。「道路が茶色い」ことも驚きました。盛岡は寒くて水が凍ってしまうからか消雪パイプはないんです。燕市に来て初めて見ました。

食べ物で言うと、燕市に来て焼き肉屋さんで冷麺を注文したら、本場の「盛岡冷麺」との違いに驚きました。スープの味も麺の堅さも全く違います。盛岡の人は焼き肉を食べに行くと必ずと言っていいほど冷麺を食べますが、こっちはそうでもないんですね。


ー10年後の目標

一通りの行程ができるようになるまでには10年かかると言われています。10年後、自分が作りたいと思ったものを、思い通りの形、思い通りの品質に作れるようになりたいと思っています。


【移住者インタビュー⑦】国上山の中で焼き物が誕生!


【国上焼(くがみやき)・穂生窯(ほなりがま)】


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井村詩帆さん

新潟市出身。実家が農家ということもあり、小さい頃から土に触れていたため土が大好き。高校卒業後、姉の勧めで焼き物の道へ。栃木県で3年、沖縄県で8年の修行を経て、独立。


―どうして燕市国上地域で独立をしたのですか?


最初は生まれ育った新潟市で窯を作りたかったのですが、『薪で火を焚くため近隣に民家が無いこと』『工房となる小屋があること』『雪があまり積もらないこと』という条件に合う場所がなかったんです。4カ月ほどいくつかの市をまわった後、辿り着いたのが燕市でした。市役所の方々に自分たちのやりたいことを説明すると、親身になって話を聞いてくれ、国上で活動している人たちのことを紹介してもらいました。それがきっかけで、2017年9月頃、初めて国上山に来たのです。



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―国上の生活はどうですか?


2018年8月頃から空き家を改修して住み始めました。今まで暮らしてきた中で、国上が一番不便なところです。一番近いコンビニまで車で15分かかるんですよ。仕事が終わってお腹が空いていても、近くに食事できるお店がない。お酒を飲んでしまうと運転ができないのでどこも行けなくなる。だけどこの生活が嫌なわけではないんですよね。こう思えるのは地域の方との関わりが大きいと思っています。今日も近所の方から味噌のおすそわけをもらいましたし、家に帰ると玄関の前に野菜が置いてあることだってあります。その他にも窯を焼くのに不可欠な薪がある場所を紹介してくれたり、初めて窯を焼いた日には心配して何人もの方が見に来てくれたりと、地域の方にはいつも助けられています。



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―焼き物について教えてください!


実は焼き物って寒い地方には向かないんですよ。土は乾かないし、粘土は寒すぎると凍ってしまうので常に湿度を気にしながら生活しています。土って生き物なんです。手間がすごくかかる。それでも「土から作って登り窯で焼く」という、最初から最後まで全ての行程を自分でやるのが、わたしのこだわりです。その中でも、焼き物を焼く「窯焚き」が一番嬉しい時間です。24時間程度かかるので一番苦しい時間でもありますけどね。



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―今後の目標


まずは販路を確立して、「作る⇔売る」のサイクルを安定させること。もう一つは、国上の土を使って焼き物をつくることです。今は別の地域でとれた土を使っているのですが、国上の土も焼き物に適しているとの情報を得たので、いつの日か、実現したいですね。


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ー活動拠点として国上を選び、国上で生活をしている井村さん。これから先、燕市のどこかで穂生窯の焼きものが見られると思います。井村さんの想いがこもった素敵なマグカップやお皿の詳細は、穂生窯のInstagramをご覧ください。(@honari_gama)


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 ↑「燕市はものづくりをする人たちにやさしいまちだよね」と笑顔の井村さん♪♪



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【移住者インタビュー⑥】五軸加工機を操るスノボ好きの移住者

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燕市から車で3時間のまち、群馬県邑楽(おうら)町出身の植竹一成(うえたけかずなり)さん、25歳。

2017年の6月から燕市の企業「テックエンジニアリング」に勤め、燕市で暮らしています。

移住をして1年半。燕市でどのような生活をしているのか聞いてみました!!



★スノボからの繋がりで新潟県へ★

 18歳から始めたスノボに魅了されて一時はプロを目指すほど熱中していました。その関係で妙高にあるスキー場で働いたこともあります。2シーズンを終えたときに、もう好きなことをやり尽くしたなと思って。次に出会った仕事を一生懸命やろうと決めて、新潟県内で転職活動を始めたんです。長岡や柏崎などいろんなところを見て回って、最終的に人材紹介サイトを利用して今の会社と出会いました。そしてこれが燕市で暮らすきっかけになりました。



★向上心がある会社です★

 工場見学をしたときに、大きな機械がたくさんあってかっこいいなぁと。でも最初は難しそうな機械が多くて扱うのが大変そう、ここで仕事ができるのかと不安に思っていました。実際に働いてみると毎回特注の機械を作ることができたり、少人数制のため他部署の手伝いをしていると様々な業務ができたりするのでとても面白いです。

 うちの会社には向上心がある人がたくさんいます。わたしもこの仕事はやる気があればあるほどやりがいが増えると思っています。完成品を見て、「今回の削り方は良かったな」と自分自身で手応えを感じたり、お客様のところに搬入へ行ったときに「すごいなぁ」と言っていただけたりと、とにかくやりがいが多いですね。



★移住者という感覚はないですね★

 新潟県は住む前からスノボや旅行で年に何度も来ていた関わりのある県ということもあって、移り住むことに抵抗はありませんでした。群馬県と新潟県は距離も近くてわたしの中では行動範囲内なので、“移住者という感覚”はないですね。「海が近いなぁ」「雪が降っているなぁ」「米がうまいなぁ」と思うときは特に新潟県にいる実感が沸きます。

 休みの日は山や海へ行ったり温泉へ行ったりと外出することが多いです。新潟県の山にはほとんど行きましたよ!新潟は楽しいですね。



★お友達を案内するとしたらどこに連れて行くか聞いてみました★

 まずは背脂ラーメンを食べて欲しいです。わたしも家の近くにお気に入りのラーメン屋があります。次はキッチン用品のアウトレット販売店へ。安くて良い製品がたくさんあって見ているだけでも楽しいんです。隣の弥彦村にある弥彦神社も良いですね。燕市近隣には観光スポットがたくさんあるので友達を案内しながらわたしも毎回楽しんでいます!!



★「友 大雪(たいせつ)な人!」★

 新潟県内には上越から下越までいろんなところに雪で繋がっている友達がいます。

これからもこの友達を大切に新潟での生活を楽しみます!


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★地元のプチ自慢★

 群馬県邑楽町のオススメはシンボルタワー!天気の良い日にはスカイツリーも見えますよ。


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笑うと目がなくなるんだよなぁ、と言いながら最高の笑顔を見せてくれる植竹さん。次に出会う企業を一期一会だと思ってそこで一生懸命働くんだ、という強い意志を持って入社されました。入社してからも向上心を持ち続けて働く姿はかっこいいですね。

燕市での生活ってどうなんだろう、とお考えの皆さま!新しい地でもこうやって素敵な企業と出会って楽しく過ごしている方がいますよ~

posted by 協力隊ばんない at 15:22Comment(0)日記